ゴージャスに香るバラの花と美人は似つかわしい組み合わせですよね。歴史上の美女と聞いて、誰もがまっさきに思い浮かべるのが古代エジプトの女王・クレオパトラではないでしょうか。

クレオパトラ女王は、当時非常に高価であったバラの花を当時、野生の野バラの原産地であったヒマラヤ周辺からエジプトまで取り寄せ、その花びらを床に惜しみなく敷きつめて、外交のキーパーソーンとなる要人たちを出迎えたとも、バラの花びらをふんだんにつかったバラ風呂に入浴していたとも伝えられています。

そのようにバラに囲まれた生活であれば、バラの移り香でクレオパトラ本人も甘くかぐわしい香りがしていたことでしょう。

しかしながら、バラの花が香水として使用されるのはまだまだ後世のこと。クレオパトラの時代から18世紀のヨーロッパまで、フレグランスの主流はもっぱら動物性香料でした。

前項でもご紹介した、ジャコウジカ由来のムスクや、マッコウクジラの腸内結石であるアーバングリス、そしてもうひとつ、“シベット”という動物性香料があります。

“シベット”、別名霊猫香(れいびょうこう)の名前が示すとおり、ジャコウネコの分泌物のことです。

ジャコウネコは、東南アジア、北東アフリカなどに生息していますが、香料を採取しているのはエチオピアのみだそうです。

ジャコウネコの分泌物である“シベット”はたいへん魅力のある香料ですが、このジャコウネコはとても凶暴な性格を持っているそう。まさに「きれいなバラにはトゲがある」のと同じような構図ですね。

1990年代半ば頃、プロの調香師(香りをプロデュースする)にお尋ねしたところ、現代では“シベット”をつかうことはほとんどない、とおっしゃっていました。「薄めるとジャスミンの香りになると言われているが、獣性がつよく生ぐさいので、現代人の好みにはフィットしない」んだそうです。

動物の体内から抽出するのですから、動物愛護の面からいっても好ましくないでしょうし、そのわりに、あまり万人受けしないのだとしたら、まだ安価なジャスミンの香料をつかった方がよい、ということらしいです。

動物性の香料は一種のフェロモン。“シベット”にも催淫効果があると言われ、クレオパトラはバラ風呂入浴後、このシベットをからだに塗り込めていたと言われています。

“シベット”は現在、香料として使用されることは稀なのですが、栄養ドリンクの薬効成分として使われていることは多いのだとか。

美女たちにフェロモン系の動物性香料が流行していたのは、香りを楽しむというよりもむしろ、「男を虜にする」という肉食系女子ならではの目的があったためかもしれません。

バラ香水など、ナチュラルな香りが好まれるようになった背景には、オーストリアからフランスに輿入れしたマリー・アントワネットの趣味も一役買っています。

当時、フランスの貴族は、「水から悪い病気が感染する」と信じ、入浴を避けていました。そのため、体臭をごまかすためにも動物性香料のアクのつよい香水が必要だったかもしれません。

オーストリア生まれのマリー・アントワネットは清潔志向でお風呂好き。入浴で汚れや垢をこびりおとしたあとは、不潔な匂いも消えていますから、香水は体臭をごまかすためというより、「香りを楽しむもの」だったのです。

バラ香水だけでなく、香り高いユリ(フランス王家の紋章ともなっている)や、ローズマリーなどアロマ系の香水も好んだと言われています。

歴史的美女のひとり、マリー・アントワネットは当時の宮廷貴族を魅了した先進的ファッションセンスだけでなく、香水の流行にも貢献していたのですね!